みなさん、「鮮度の一滴」という商品をご存じですか?ヤマサ醤油が発売したこのパウチ型容器入り醤油は、一時期大きな注目を集めたヒット商品です。特殊な注ぎ口を持ち、空気を遮断して醤油の酸化を防ぐ仕組みが特徴です。この技術のおかげで、開封後も醤油の新鮮さを保つことができました。
この画期的な注ぎ口P.I.D(パウチ・イン・ディスペンサー)による「逆止弁」を開発したのは、新潟に本社を構える容器製造企業・悠心です。同社が提案した「液体用高機能容器」は、日本初の「新市場創造型標準化制度」第1号案件として採択され、後に JIS Z 1717 (包装-液体用高機能容器)として正式に制定されました。このJIS規格では、酸化防止性能が数値で評価される仕組みが導入され、技術の信頼性が担保されています。このP.I.D技術がヤマサに提供され、「鮮度の一滴」が生まれました。
ヤマサの狙いは明確でした。「鮮度」という新たな価値基準を消費者に提案し、自社製品の優位性をアピールすることです。もしこれが市場を席巻していれば、醤油業界の勢力図を塗り替える可能性もあったでしょう。しかし、現実はそう甘くありませんでした。
活かしきれなかったJIS化の力
数値で明確に優位性を示せる「JIS Z 1717」という強力な武器を手にしていながら、ヤマサはその活用に踏み切れませんでした。「酸化防止度○○%!」といったキャッチコピーや、競合製品との比較データを用いたプロモーションを展開することなく、商品の存在感は薄れていきました。他社のプロモーションに押され、現在では「鮮度の一滴」は市場から姿を消し、製造も終了しています。
一方、悠心はどうだったのでしょうか?同社はJIS化を活用して技術の性能を証明し、醤油以外の分野、特に油脂関連の分野で取引を拡大しました。酸化防止機能を高く評価され、新たな市場を切り拓くことに成功したのです。
「標準化」を武器にするために必要なもの
ヤマサと悠心、同じ技術を手にしながら、その活用結果は対照的でした。ヤマサがJIS化の価値を消費者プロモーションに活かしきれなかった一方で、悠心は技術を多角的に活用して事業拡大に成功しました。標準化のインパクトを理解し、それをどうビジネスに結びつけるか——この差が両社の明暗を分けたと言えるでしょう。
標準化を武器にするには、技術そのものの価値だけでなく、その価値を「どう伝え」「どう活用するか」が問われる時代です。「標準化」には無限の可能性があります。それを活かすのは、私たち次第なのかもしれません。